中性子照射による核反応の記述
Ⅰ
ライフサイエンスの分野でよく用いられる 32P(半減期14日 (1.2×10^6秒))は、β- 壊変して 32S になる。32P は、天然同位体存在度のリン(31P:100%)をターゲットとして原子炉での中性子照射による 31P (n,γ) 32P 反応で得られる。この場合は担体の 31P を含んでおり、生成する 32P の比放射能は、核反応断面積にも照射中性子フルエンス率にも依存する。また、照射時間にも 冷却時間にも依存する。一方、32P の製造には天然同位体存在度の硫黄(32S:95%)をターゲットとする原子炉での中性子照射で、32S (n,p) 32P のように、照射の前後で原子番号が変わる核反応が利用される。この場合、ターゲットから化学分離により無担体の 32P が得られ、この 32P の比放射能は、核反応断面積にも照射中性子フルエンス率にも依存しない。また、照射時間にも冷却時間にも 依存しない。無担体で 1 kBq の 32P では、その計数率は検出効率 10% としても 6000 cpm あり、容易に検出できるが、その質量は 10^(-13) グラムと超微量であり、トレーサーとして使用するとき、対象への化学的生物学的影響はほとんど無視できる。なお、無担体の 32P 製品中に、ターゲット硫黄中の 33S(0.8%) 由来の 33P(半減期 25日 (2.2×10^6秒)) が不純物として放射能比で 1 % 含まれていると、100 日後における 32P の放射性核種純度はおおよそ 92 % となる。
解説
放射能の単位は Bq で 1秒あたりの壊変数である。
1.0 kBq = 1000[s^(-1)] = 60000[min^(-1)] よって検出効率 10% とすると、6000 cpm となる。
放射能:A[Bq]、壊変定数:λ、[s^(-1)]、半減期:T[s]、質量:W[g]、質量数:M[g/mol] とすると、
A = (0.693/T) × (W/M) × 6.02 × 10^23
1.0 × 10^3 = (0.693/(1.2×10^6)) × (W/32) × 6.0 × 10^23
W = 9.2 × 10^(-14) ≒ 10^(-13) [g] となる。
続いて、放射能 A0 の放射性核種を用いているとき、その半減期を T とすると経過時間 t における放射能 A は、A = A0 × e^(-0.693t/T) となる。この式は A = A0 × (1/2)^(t/T) と書き直せる。
32P:A × (1/2)^(100/14) ≒ A × (1/2)^7
33P:0.01A × (1/2)^(100/25) = 0.01A × (1/2)^4
よって、[A × (1/2)^7]/[A[(1/2)^7] + 0.01 × (1/2)^4] = 0.925 したがって 92.5% となる。
Ⅱ
上空大気中で宇宙線により生じる中性子と空気中の 14N との (n,p) 反応により 14C(半減期 5730年(1.8×10^11秒))が生成する。宇宙線強度が変わらなければ常に同じ割合で生成し壊変するので、地球大気中の 14C の量は一定に保たれる。その比放射能は炭素 1g 当たり約 0.23 Bq であり、その炭素同位体原子数比(14C/(12C+13C))の値は 1.2 × 10^(-12) である。 14CO2 の化学形で存在する大気中の 14C が、光合成により植物体内に取り込まれ、食物連鎖により動物体内にも入り、生物体中の 14C 比放射能は、大気中とほぼ同じになる。しかし、生物が死ぬと、14C の供給が途絶えるので、14C 比放射能は時間とともに減衰する。したがって、これら生物試料中の 14C を測定すれば、その生物の死後の経過時間が求められる(年代測定)。14C はこれまで、試料を気体にして 比例計数管により、あるいは、炭素含有率の大きい有機液体にして液体シンチレーション検出器により、その放射能で測定されてきた。しかし、試料量が少量のとき、あるいは数万年前の試料では、含まれる 14C 放射能が mBq 程度となり、その放射能測定は極めて困難あるいは不可能となるが、近年、加速器質量分析法を用いて、1ミリグラム程度の 試料でも、あるいは数万年前の試料でも、高感度に炭素同位体原子数比を測定して 14C の量を求め、その年代を決定することが可能になってきた。例えば、1ミリグラムの炭素を含む試料を測定して、13C/12C 原子数比の値が 0.0108、14C/13C 原子数比の値が 10^(-11) であったとすると、この試料の年代として最も近い値は 20000 年前である。
解説
14C は天然に 14N から (p,n) 反応で生成する。炭素の安定同位体は、12C 98.89% のほかに、13C 1.11% がある。
14C 年代測定:大気の上層部で宇宙線が 14N に衝突すると、 14C ができる。これが酸化されて 14CO2 となり、植物や動物の組織内に吸収されて生体の一部となる。14C の半減期は 5730 年であり、1つの炭素サイクル内では、炭素の比放射能はほぼ一定とみなしてもよい。生体の死後、その中に止まるようになった炭素はサイクルからはずれるので、14C 固有の壊変定数で放射能を失う。したがって、試料中の 14C の比放射能を測定すれば年代が分かる。
A = (0.693/T) × N より、0.23 = 0.693/(1.8×10^11) × N
N(14C) = 6.0 × 10^10
N(12C+13C) = (1/12) × 6.0 × 10^23 = 5.0 × 10^22
よって、N[14C/(12C+13C)] = (6.0×10^10)/(5.0×10^22) = 1.2 × 10^(-12)
測定による年代の算出
N(13C)/N(12C) = 0.0108、N(14C)/N(13C) = 10^(-11) より、
N(13C) = 10^11 × N(14C)・・・(1)
N(12C) = N(13C)/0.0108 = (N(14C) × 10^11)/0.0108・・・(2)
ここで、N = (W/A) × 6.0 × 10^23 より、
N(12C) + N(13C) = (1×10^(-3))/12 × 6.0 × 10^(23)・・・(3)
(1)、(2)、(3)より、
(N(14C) × 10^11)/0.0108 + 10^11 × N(14C) = (1×10^(20))/2.0
N(14C) = (1/2) × 10^7 個(1mg中)
A = λN = (0.693/T)×N より、
A = (0.693/1.8×10^11) × (1/2×10^7) = 1.9 × 10^(-5) Bq
地球大気中の 14C の比放射能は 0.23 Bq/g であるから、1ミリグラム当たりの放射能は o.23 × 10^(-3) Bq となる。
1.9 × 10^(-5) = 0.23 × 10^(-3) × (1/2)^(t/5730)
0.083 = (1/2)^(t/5730)
左辺の(1/2)^n について検討すると、(1/2)^3 = 0.125、(1/2)^4 = 0.0625 である。
3 < t/5730 < 4 より 17190 < t < 22920 となり、約 20000 年前のものと推定できる。
また下記のサイトに私がまとめた資料を示しております。