中性子照射による放射性同位元素(RI)の製造
Ⅰ
中性子照射によって放射性同位元素(RI)を製造するとき、以下のように照射条件を設定する。生成核(半減期T)の放射能は、標的核の数が n、反応断面積が σ のとき、粒子フルエンス率 f で、照射時間を t とすると、 nfσ × [1-(1/2)^(t/T)] で与えられる。 [1-(1/2)^(t/T)] は飽和係数と呼ばれ、t が T の2倍に等しいときには 0.75 となる。また飽和係数は t が T に比較して十分小さい時には(0.693t)/T と近似することができる。197Au (n,γ) 198Au 反応及び 23Na (n,γ) 24Na 反応を用いて、198Au と 24Na を製造するために、金 2.0mg とナトリウム 2.3mg を同時に、熱中性子フルエンス率 1.0 × 10^12 cm^(-2)・s(-1) で 100 秒間照射した。それぞれの核反応断面積と生成核の半減期は 下の表に記載する。照射した 197Au と 23Na の原子数の比 (n(Au)/n(Na)) は 0.10 、198Au と 24Na の生成反応の断面積の比 (σ(Au)/σ(Na)) は 200、100 秒間照射による 198Au と 24Na の生成反応の飽和係数の比(Auの飽和係数/Naの飽和係数)は 0.23 となるので、生成した 198Au と 24Na の放射能の比 (A(Au)/A(Na)) は 4.6 となる。
反応 | 反応断面積(バーン) | 生成核の半減期(時間) |
---|---|---|
197Au (n,γ) 198Au | 100 | 65 |
23Na (n,γ) 24Na | 0.5 | 15 |
解説 198Au と 24Na の製造
197Au (n,γ) 198Au 反応による 198Au の放射能 A(Au)は A = Nfσ × (0.693t/T) より A(Au) = N(Au)fσ(Au)S(Au) ・・・①となる。
ここで、試料の金:2.0mg、198Au 半減期:65時間、照射時間:100秒より、試料は、N(Au) = (2.0×10^(-3)/197) × 6.02 × 10^23・・・・②
S(Au) = (0.693×100[s])/65[h]・・・・③
23Na (n,γ) 24Na 反応による 24Na の放射能 A(Na) は A = Nfσ × (0.693t/T) より A(Na) = N(Au)fσ(Na)S(Na) ・・・①’ ここで、試料ナトリウム:2.3mg、24Na 半減期:15時間、照射時間:100秒より、試料は、N(Na) = (2.3×10^(-3)/23) × 6.02 × 10^23・・・・④
S(Na) = (0.693×100[s])/15[h]・・・・⑤
照射した原子数の比(N(Au)/N(Na))は②と④より、N(Au)/N(Na) = 0.10
また、100秒間照射による 198Au と 24Na の生成反応の飽和係数の比(S(Au)/S(Na))は③と⑤より、S(Au)/S(Na) = 0.23
①式と①’式より生成した 198Au と 24Na の放射能の比(A(Au)/A(Na))を求めると、A(Au)/A(Na) = 4.6
Ⅱ
荷電粒子で照射して RI を製造する場合には、まず励起関数に基づいて適切な照射エネルギーを設定する。ターゲット中で照射粒子が運動エネルギーを失い発熱するので冷却が必要となる。65Cu (p,n) 65Zn 反応によって 65Zn を製造するのに、銅箔のターゲットに 16 MeV の陽子をビーム電流 6.4 μA で照射した。ターゲット通過後の陽子のエネルギーが 10 MeV であるとすると、ターゲット内での発熱量は、ほぼ 38 W (ワット)となる。なお、電気素量は 1.6 × 10^(-19) C とする。
解説
核反応の起こる確率を核反応断面積とよぶ。RI の生成量は核反応断面積に比例するが、核反応断面積の値は標的核の種類だけでなく、衝撃粒子の特性とエネルギーによって異なる。一般に断面積とエネルギーの関係は、励起関数と呼ばれる。したがって励起関数に基づいて適切な照射エネルギーを設定する。また、ビーム電流 (6.4 × 10^(-6))/(1.6 × 10^(-19))。ターゲット中で失ったエネルギーは 16 – 10 = 6 [MeV] J(ジュール)に換算すると、6 × 10^6 × 1.6 × 10^(-19)。したがって発熱量は (6 × 10^6 × 1.6 × 10^(-19)) × [(6.4 × 10^(-6))/(1.6 × 10^(-19)] = 6 × 10^6 × (6.4 × 10^(-6)) = 38.4 [W]
Ⅲ
RI の分離において、溶媒抽出法は有用な方法の一つである。今、1.0 kBq の 59Fe(Ⅲ)及び 1.0 MBq の 65Zn(Ⅱ) を含む 6M 塩酸溶液 100ml に、イソプロピルエーテル 100 ml を加えて振り混ぜ、59Fe を有機相に抽出する。この系での Fe(Ⅲ)と Zn(Ⅱ)の分配比が下表のような値にであるとき、有機相中の 59Fe の放射能は 0.99 kBq、65Zn の放射能は 2.0 kBq となる。 したがって、有機相の全放射能に占める 59Fe の放射能の割合は 33 % である。次に、この有機相から水相を完全に除去した後、RI を含まない新たな 6M 塩酸溶液 100ml を加え、同じ操作を繰り返すと、有機相中の 65Zn の放射能は 0.004 kBq となり、有機相の全放射能に占める 59Fe の放射能の割合は 99.6 % となる。
化学種 | 分配比 |
---|---|
Fe(Ⅲ) | 99 |
Zn(Ⅱ) | 0.002 |
解説
有機相中の溶質の全濃度を C0、水相中の溶質の全濃度を CA とすると、分配比は次のようになる。
D = C0/CA
分配比 D は水相を基準として有機相に何倍も多く抽出されるかを表し、D が大きいほど有機相に多く抽出されることを意味する。また、放射性核種がどれだけ有機相に抽出されたかを表す抽出率 E は、分配比 D で次のように表される。
E = D/[D + (Vw/V0)]・・・①
Vw と V0 は、それぞれ水相と有機相の容量(ml)を示す。水相と有機相を等容積で抽出を行う場合、Vw = V0 となり、①式は次のようになる。
E = D/(D+1)・・・②
②式より 59Fe(Ⅲ) の抽出率 E(Fe(Ⅲ)) は、E(Fe(Ⅲ)) = D(Fe(Ⅲ))/[E(Fe(Ⅲ))+1] = 99/100 = 0.99
②式より 65Zn(Ⅱ) の抽出率 E(Zn(Ⅱ)) は、E(Zn(Ⅱ)) = D(Zn(Ⅱ))/[E(Zn(Ⅱ))+1] = 0.002/1.002 = 0.002
したがって有機相の 59Fe 及び 65Zn の放射能はそれぞれ以下のようになる。
59Fe:1.0 kBq × 0.99 = 0.99 kBq
65Zn:1.0 MBq × 0.002 = 0.002 MBq = 2.0 kBq
よって、有機相の全放射能に占める 59Fe の割合は、[0.99/(0.99+2.0)] × 100 ≒ 33 %
65Zn(Ⅱ)の場合、溶媒抽出により 0.20 % が有機相に抽出される。65Zn(Ⅱ) を含む有機相に対して RI を含まない水相(有機相と等容量)を加え、同じ操作をすると水相への移行が起こり、0.20 % が有機相に残る。したがって、6M 塩酸溶液を加えた後に有機相に残る 65Zn の放射能は、2.0 kBq × 0.002 = 0.004 kBq。
よって2回目の抽出後の有機相の全放射能に占める 59Fe の割合は、0.99/(0.99+0.004) × 100 ≒ 99.6 %
Ⅳ
標識化合物を合成するときには、目的化合物の収率の高い反応が望ましいが、短寿命の RI の場合には反応操作に要する時間も考慮する必要がある。半減期が 20 分の RI の標識化合物を合成するときに、化学反応収率が 80% で 30分かかる操作では、化学反応収率が 50% で 10分かかる操作に比較して得られる標識化合物の放射能が 0.8 倍になる。副生成物は、クロマトグラフィ などの方法によって分離・除去する。
解説
反応操作に用いる短寿命(半減期:20分) RI の放射能を A0 とすると、RI の標識化合物を合成後の放射能はそれぞれの操作で以下の様になる。
化学反応収率 80% で 30分の場合は
A(30分) = A0 × (1/2)^(30/20) × 0.80・・・①
化学反応収率 50% で 10分 の場合は
A(10分) = A0 × (1/2)^(10/20) × 0.50・・・②
①式と②式より得られる標識化合物の放射能は
A(30分)/A(10分) = [A0 × (1/2)^(30/20) × 0.80]/[A0 × (1/2)^(10/20) × 0.50] = 0.80/0.50 × (1/2)^(20/20) = 0.8
標識化合物は、合成の際の副生成物の生成、購入後の時間経過による自己放射線分離などによって放射化学的不純物を含むことがあり、比放射能が一定になるまで化学的精製を繰り返す方法をとる。微量物質である標識化合物の放射化学的純度の測定には、各種のクロマトグラフィと逆希釈法の利用が適切である。得られた化合物は、ペーパークロマトグラフィーや薄層クロマトグラフィーで分離し、ラジオオートグラフィやペーパークロマトスキャナを使って放射能を測定する。
また下記のサイトに私がまとめた資料を示しております。