分配係数に関する記述
Ⅰ
イオン交換樹脂を用いる分離系では、吸着の強さを表わす指標として分配係数が用いられる。U(Ⅵ)イオンを例にとると、吸着平衡の時にイオン交換樹脂に吸着した U量が1.0×10^4Bq/g(乾燥樹脂重量)、水溶液中に残ったUの濃度が5Bq/mlの時、分配係数は2.0×10^3である。それぞれ1.0×10^4Bqの137Cs(Ⅰ)、51Cr(Ⅲ)、95Zr(Ⅳ) の各イオンのトレーサーを含む0.2M H2SO4 水溶液10mlがある。その溶液に、陰イオン交換樹脂1g(乾燥重量)を加えてから、よく撹拌して吸着平衡した。この系における それぞれのイオンの分配係数を求めたところ、次表に示す値が得られた。
陰イオン交換樹脂ー0.2M H2SO4 | 137Cs(Ⅰ) | 51Cr(Ⅲ) | 95Zr(Ⅳ) |
分配係数 | 1.0×10^(-3) | 0.5 | 1.0×10^3 |
95Zr(Ⅳ)は、そのほとんどが樹脂に吸着した。溶液中の95Zr濃度は約 10 Bq/molとなった。137Cs(Ⅰ)はほとんどが溶液中に残った。137Cs(Ⅰ)は溶液中で陽イオンとして存在している と考えられる。51Cr(Ⅲ)では、95%が水溶液中に見出され、その分配係数はおよそ 0.5 であった。
解説
分配係数 Kd[ml/g] = イオン交換樹脂中のイオン濃度/溶液中のイオン濃度 で表される。U(Ⅵ)の場合:Kd = 1.0×10^4[Bq/ml]/5[Bq/ml] = 2.0×10^3[ml/g]
ここで、試料の初期イオン濃度C0、初期放射能A0、水溶液に残ったイオン濃度C、水溶液中放射能A、水溶液体積V、イオン交換樹脂重量mとすると、
Kd = (C0-C)/C = [(A0-A)/m]/(A/V)・・・①
分配係数より、137Cs(Ⅰ)と95Zr(Ⅵ)についてイオン交換樹脂への吸着量及び水溶液中濃度を算出する。初期放射能はそれぞれ 1.0×10^4[Bq]である。
137Cs(Ⅰ):溶液中Cs放射能Acsとすると、式①より 1.0×10^(-3) = [(1.0×10^4-Acs)/1]/(Acs/10) Acs ≒ 1.0×10^4[Bq]
よって、Ccs = 1.0×10^4[Bq]/10[ml] = 1.0×10^3[Bq/ml] また、イオン交換樹脂への吸着量は、(A0cs-Acs)/1[g] = 0[Bq/g]
95Zr(Ⅵ):溶液中Zr放射能をAzrとすると、式①より 1.0×10^3 = [(1.0×10^4-Azr)/1]/(Azr/10) Azr ≒ 100 よって、Ccs = 100[Bq]/10[ml] = 10[Bq/ml]
また、イオン交換樹脂への吸着量は、(A0cs-Acs)/1[g] = 9900[Bq/g] 次に水溶液中に51Crが95%見出されたことにより、51Crの分配係数を求める。
51Cr(Ⅲ):水溶液中濃度:1.0×10^4 × 0.95 = 9500Bq、Ccs = 9500[Bq]/10[ml] イオン交換樹脂への吸着量:(A0cr-Acr)/1[g] = 500[Bq/g]
よって、分配係数Kd = 500[Bq/g]/950[Bq/ml] ≒ 0.5[ml/g] 強塩基性陰イオン交換樹脂にほとんど吸着しないあるいは全然吸着しないグループとして、アルカリ金属
アルカリ土類金属、Sc、Y、ランタノイド元素、Ac、Tl(Ⅰ)、Ni、Alなどがある。Csはアルカリ金属である。また、陰イオン交換樹脂は、陰イオンしか吸着しないので、CsはCs+
の陽イオンとして存在すると考えられる。
Ⅱ
溶媒抽出法では、溶質の抽出特性を表す指標として分配比が用いられる。有機相中の溶質の全濃度をC0、水相中のそれをCAとすると、分配比は( C0/C )で表される。
通常は有機相中への抽出を増すために( HDEHP )等の抽出剤を有機相に加える。有機相を30%リン酸トリプチン/n-ドデカン、水相を硝酸溶液とした時の、いくつかの金属元素
についての金属元素について分配比を表に示す。
有機相:30%リン酸トリプチン/n-ドデカン 水相:3M 硝酸溶液 | U(Ⅳ) | Eu(Ⅲ) | Tc(Ⅶ) |
分配比 | 20 | 0.1 | 0.1 |
等容積の有機相と 3M 硝酸溶液を用いた1回の抽出では、U(Ⅵ)は 95 %が有機相に抽出され、Eu(Ⅲ)とTc(Ⅶ)は 90 %が水相に残ることがわかる。この水相に対して、
新たに等容積の有機相を用いて2回目の抽出を行うと、水相中に残るU(Ⅵ)量は、最初に存在した量の 0.25 %となる。
解説
有機相中の溶質の全濃度をC0、水相中の溶質の全濃度をCAとすると、分配比は次のようになる。 D = C0/CA 分配比Dは水相を基準として有機相に何倍も多く抽出 されるかを表し、Dが大きいほど有機相に多く抽出されることを意味する。また、放射性核種がどれだけ有機相に抽出されたかを表す抽出率Eは、分配比Dで次のように表される。
E = D/[D + (Vw/V0)]・・・② VwとV0は、それぞれ水相と有機相の容量(ml)を示す。水相と有機相を等容積で抽出を行う場合、Vw = V0 となり、②式は次のようになる。
E = D/(D + 1)・・・③ 1回目の抽出により有機相に抽出されたU(Ⅵ)の割合は式③より、E = 20/(20 + 1) ≒ 0.95 よって 95%
また、Eu(Ⅲ)とTc(Ⅲ)の割合は、E = 0.1/(0.1 + 1) ≒ 0.09 問題では水相に残った割合なので、(1 – 0.09) × 100 ≒ 90%
ここで、1回目の抽出により水相中に残ったU(Ⅵ)は、最初に存在した量の5%となる。2回目の抽出により有機相に抽出されるU(Ⅵ)の割合も0.95であるため、さらにその5%が 2回目の抽出により水相中に残る。したがって、(0.05 × 0.05) × 100 = 0.25% が水相中に残ると考えられる。
溶媒抽出法では、通常、有機相への抽出を増すために抽出剤を有機相に加える。例えば、90Sr – 90Yから 90Y を分離する際に、有機相にHDEHP(ビス2ーエチルヘキシルリン酸) を加えて抽出を行なっている。
III
約100年前、キュリー夫妻はウラン鉱石に含まれるラジウムを発見した。ウラン鉱石中に存在するラジウム(226Ra)は238Uと永続平衡にあるので、この鉱石中に含まれる 226Raと238Uの重量をW(Ra)とW(U)、それぞれの半減期をT(Ra)とT(U)(T(Ra)= 1.6×10^3年、T(U)= 4.5×10^9年とすると、次式の関係が成立する。
W(Ra)/226 = W(U)/228 × T(Ra)/T(U)
従って、その鉱石に含まれているW(U)が5.0×10^3gの場合には、約 1.7 mgの226Raが含まれていることになる。 ところで、キュリー夫妻は原子量を確定できるだけのラジウム量を得るために、ウラン回収後の残渣である鉱さい数トンを用いてラジウムの分離作業を行った。 原料である鉱さいを溶解し、その中に含まれるラジウムなどの微量金属を硫酸塩の沈殿として回収した。分離した硫酸塩の沈殿は、さらに様々な沈殿分離法を経て、 バリウム成分が精製された。最終段階では、同じアルカリ土類金属の塩であるBaCl2と 226RaCl3 とを分離するために、両者の水への溶解度の差を利用する分別結晶法を用いた。 試料を溶かした水溶液を蒸発濃縮して新たな結晶を得るごとに、結晶中の226Raの放射能濃度は増大した。この操作を何回も繰り返し、約100mgの 226RaCl3 結晶を得た。 なお、純粋な226Ra 100mg の放射能は 3.7×10^9 Bqである。
解説
ウラン鉱石中に存在するラジウム(226Ra)は238Uと永続平衡にある。永続平衡(親核種1の半減期が娘核種2に対して非常に長い:λ1<<λ2)が成立する場合は、親核種1と娘核種2は次の関係となる。
N1・λ1 = N2・λ2・・・④
ここで、ウラン鉱石中に含まれる226Raと238Uの重量をW(Ra)とW(U)、それぞれの半減期をT(Ra)とT(U)とすると、式④は次のように表される。
N(U)・λ(U) = N(Ra)・λ(Ra) より (ln2/T(U))・(W(U)/238) = (ln2/T(Ra))・(W(Ra)/226) (W(Ra)/226) = (W(U)/238)・(T(Ra)/T(U))
W(U) = 5.0 × 10^3の場合は、(W(Ra)/226) = (5.0 × 10^3[g]/238)・(1.6 × 10^3[年]/4.5 × 10^9[年]) W(Ra) ≒ 1.7 × 10^(-3)[g] = 1.7[mg]
ラジウムとバリウムは共にアルカリ土類金属の元素であり、化学的性質では同じ挙動をする。しかし、水等への塩化物の溶解度の差があるため、その差を利用して分別結晶法により 分離できる。アルカリ土類金属は周期表において第2族に属する元素。226Raの半減期は1.60 × 10^3年、ウラン鉱物に3.4 × 10^(-5)%程度含まれる。226Raの1gは約1Ci(キュリー) である。1Ci = 3.7 × 10^10Bq = 37GBq よって、純粋な226Ra 100mg の放射能は、3.7 × 10^9 Bq である。
また下記のサイトに私がまとめた資料を示しております。